園舎の工事

 2年前、私たち家族が初めてたんぽぽこどもの園を訪れたとき、柔らかくも芯のある美しい佇まいに心打たれたのをよく覚えています。新しくキレイなものは何もない。ただ、この場所を大切にしている大勢の人々によって持ち寄られ、補修され、整えられたものが溢れていて、その想いに包まれた園舎がまるで大きなコナラの木のように優しく枝葉を広げて子どもたちを見守っているかのようでした。
 ずっと昔、園舎の床を無垢材の板に張り替えたのはたんぽぽこどもの園に通う子どもたちの親御さんと先生方でした。今の門扉を作ったのも3年前の保護者たちでした。

 そして、ついに園舎全体の大掛かりな改修工事が計画され、それを今通っている子どもたちの親が担うことになりました。
 工事期間は7月末から9月4日まで。外壁の一部と屋根を残して、扉や窓、トイレ、天井にいたるまで全てが一新されます。もちろん、重要な箇所は大工さんが行いますが、それでも親と先生が行う作業は膨大です。東京賢治シュタイナー学校の大工部であるKさんに手取り足取り教えてもらいながら、まだ右も左もわからぬ大工初心者の親集団が手探りの旅を始めました。

 まずはトイレの基礎。トラックで園庭に運び込まれたコンクリートをシャベルでネコ(手押し車)に移し替え、狭い通路を縫うように通って畑の横に流し込みます。とにかく重い。ネコを廊下に転がすとコンクリートがとっ散らかるので失敗できない。お父さんたちが大工さんと共に何十往復もコンクリートを運び、初日から疲労困憊。
 そこからは大工さんたちの仕事。私たちでは手が出ない骨組みや壁の下地に取り掛かります。その間に園舎のサッシを分解したり、荷物を整理したり、先生方もおおわらわです。
 大工さんたちの提案でトイレの屋根ができたところで上棟式を行って頂きました。屋根の上から大工さんたちがお菓子を投げ、畑に集まった子どもたちが受け取り、みんなニコニコです。

 園舎の外壁、内壁を取り壊し、ロフトと壁の下地ができたらここからが親と先生たちの本番です。まずは外壁の下地にモルタルを塗りますが、その前に柱が汚れないように養生をします。特にトイレは柱がそのまま見える真壁なので四方全てを養生しなければなりません。これが地味に大変で1日掛り。特に暑いこの夏、汗まみれになりながらひたすらマスキングテープと養生ビニールを張りまくります。
 それができたらモルタルを練り、コテを使って左官仕事。均一にムラなく綺麗に塗るのがなんと難しいことか。極論ですが、モルタルは言ってしまえば柔らかい石のようなもの。利き手でコテを使い、空いた手でモルタルを乗せた板を保持するのは相当な力仕事でした。お父さんたちもですが、お母さんたちもよく頑張ってモルタルを持ち続けました。

 モルタルが乾くのに1日、その上にシーラーを塗ってまた1日乾燥、そしてようやく外壁の主役、漆喰塗りです。トイレと園舎の一部の外壁、園舎の内壁、ほぼ全て漆喰です。これには大勢の人出が必要で、保育再開の日も近づいてきています。在園の親たちもできうる限りスケジュールを調整して参加しましたが、それでも足らない。ついに卒園生の保護者、東京賢治シュタイナー学校の先輩親の皆さん、大工部の皆さんが見かねて助けに駆けつけてくれて、大勢で一気に漆喰を塗り切ることに。先輩の皆さん、さすが幾度も大きな波を乗り越えてきた方ばかりで作業慣れしています。本当に頼もしいばかりでした。

 面白いもので漆喰塗りは思いっきり塗った人の性格が出ます。厚く塗ったり、納得いくまで何度も塗り直したり。個性豊かな壁の数々は子どもたちの目にどう映るのでしょう。数年経ったときに壁を見て、ここを塗ったんだよ、と子どもたちと振り返るときが来るのが今から楽しみです。

 大勢集まるということで、作業に参加できない方やお母さんたちの有志が炊き出しをしてくれました。ありがたい限りです。おにぎりと漬物、毎日いろんな種類を楽しめたおいしい汁物、共に作業をした面々で同じ食卓を囲み、談笑する。それだけで工事に参加できた幸せのお釣りがきます。なんと豊かな時間でしょうか。

 工事も大詰め。福井から来てくれた素敵な家具職人の若者二人が作った無垢材の建具(窓や引き戸)が入り、彼らと一心不乱に杉板を天井に貼り終えると気がつけばもう日が沈んで静かな時間が流れていました。外へ出て一息、園舎を振り返る。タングステンの作業灯に照らされた杉の天井、凛とした檜の窓、手作りの木の外棚、闇夜にうっすらと浮かぶ雪のような漆喰の壁。言葉もなく、ただ見つめていました。大勢の方々の力を借りて、それでも自分たちの力でこの姿を作ったのだと。2年前に幻視したコナラの木のように、皆の暖かい祈りが覆いとなって園舎を包んでいました。

 私はたまたまこの工事期間中に仕事を調整して1ヶ月以上参加することができましたが、それはとても幸運なことでした。やりたくても参加できなかった人は大勢いたと思います。でも、子どもたちは大人よりもダイレクトに世界を感じていて、新しくなった園舎に込められた祈りを受け取りながらこれからの日々を過ごしていくことでしょう。そこにはたんぽぽこどもの園に関わっている全て人の願いが込められていて、皆があったからこそ叶ったのだと私は信じています。
 実はあと少し、細かい工事が残っています。(9月末現在)この工事に関われる時間も残り少ないですが、この場にいられる幸運に感謝しながら残りの旅を楽しみたいと思っています。

(年中保護者 I)

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